yoshieYoshie Nakayama, from Tokyo, is a 5th semester Contemporary Writing and Production major, trombone principal student. She studies arranging, recording/mixing with ProTools, and vocal ensemble. She graduated Kunitachi College of Music in Tokyo with bachelor of music from Music education major. She has license of teaching music in japanese Junior high/high school.

こんにちは。日本は桜も終わりかけというところでしょうか。ボストンはまだ夜になるとコートが手放せませんが、昼間はすっかり春の気候になりました。

さて、今日のブログは日本から新しい奨学金でバークリーに留学している熊谷駿さん齋藤武尊(たける)さんへのインタビューをお届けします。(以下、敬称略)

中山:バークリーを目指したきっかけは?

熊谷:10歳からサックスを吹き始めて、中学生の頃からサックスプレイヤーになりたいとは思っていたのですが、実は高校までは柔道を中心に取り組んでいました。高等専門学校(5年間教育)を卒業した20歳の時に本場アメリカにあるバークリーでビバップを勉強したいと考え、まずは英語を勉強してから留学するために、バークリー提携で単位交換も可能な甲陽音楽院に入学しました。
ニューヨークにあるジュリアードやニュースクールも考えましたが、まずは日本の音楽学校で勉強してから留学したかったのと、大学卒業後はバークリーかニューイングランドコンサバトリーの大学院に行きたいので、甲陽から編入後2年間で卒業できることからバークリーに決めました。
そういった経緯で甲陽で2年間勉強しながら英会話教室に通い、去年の秋からバークリーに編入しました。結果的に英語も音楽も知識を増やしてから来ることができたので、高校卒業後2年間挟んだのは良い判断だったと思います。

齋藤:私は幼稚園の頃からピアノを弾いていたのですが、高校でジャズ研に入ったのがきっかけでジャズを始めました。高校3年の秋に進路を考えていた時、最初は洗足音大でジャズを学ぼうかと思っていたのですが、当時習っていたバークリー卒業の先生に出来るだけ若いうちから環境の良いところで勉強することを勧められ、高校3年時の11月にバークリー受験を決めて、2月に浜松のヤマハで受験しました。
音楽理論については自分で本を読んだりして勉強していましたが、英語をもっと勉強しておけば良かったと思います。

中山:実際に入学してみて驚いたこと、印象的だったことはありますか。

熊谷:私は音楽専門学校に行ってからバークリーに来ましたが、学生の基礎的な技術や知識のレベルが全然違います。甲陽音楽院も意識の高い学生が集まりますが、バークリーでは日夜ジャムセッションやリサイタル、コンサートが開催されていますし、環境が全然違います。

中山:学生の母数が違うからでしょうね。

熊谷:規模が全然違いますね。あとは先生方から教わる内容も、ジャズのインプロビゼーションテクニックなど日本では聞いたことのなかった技術や考え方など、本だけでは勉強できない内容が多いなと実感しています。

齋藤:熊谷さん同様、周りの学生の士気が高いというのは強く感じます。今までYouTubeやCDなどで聞いていた素晴らしいミュージシャンのライブ演奏を近場で手頃な価格で聞けるというのも醍醐味だと思います。昨日もドナルドハリソンという、ジャズメッセンジャーのアルトサックス奏者のライブに行ってきました。学生のジャズ人口がすごく多いので、可能性の幅や吸収できることが日本にいた時より広がりました。

中山:留学してみて、知っておけば良かったということはありますか。

熊谷:日本人とわかるとアニメのことを聞かれることが多いので、私は日本にいる頃はアニメは敬遠しがちでしたが、アニメについてもっと調べておけば良かったと思いますし、日本の文化について、もっと勉強して来れば良かったと思います。
それから良い意味で驚いたのは、みんな初対面でもフレンドリーで優しいことです。日本では初対面の方だと慣れるまで時間がかかることが多いですが、バークリーでは友達が作りやすいと感じました。逆に日本人の友達を作る方が時間がかかるかもしれません。日本人同士だと妙にかしこまって。

齋藤:私は良くも悪くもルーズなことに驚きました。先生も学生も授業に遅刻してきたり、授業中に無言で離席する学生がいたり、電車も時刻表もありませんし、しょっちゅう遅れるので。

中山:お二人が授与されている奨学金、TOMODACHI MUSIC SCHOLARSHIPについて伺えますか。

熊谷:このTOMODACHI SUNTORY MUSIC SCHOLARSHIPは、昨年度サントリーホールデングスとTOMODACHIイニシアチブの共同で新設されたものです。
サントリーは「さんさんプロジェクト」という名前で復興支援のイベントをたくさん開催していて、TOMODACHIイニシアチブは震災の時にあったTOMODACHI作戦から名前を取った組織で、色々なスポンサーと共同して被災地出身の子供たちへ海外での活動支援や復興支援を行っています。
TOMODACHI SUNTORY MUSIC SCHOLARSHIPは、バークリー以外にもサンフランシスコ音楽院、ジュリアード音楽院が提携して、被災3県の宮城県、岩手県、福島県出身者、あるいは3県にある学校卒業の学生を対象に昨年度から3年間の予定で発足したプロジェクトで、バークリーには毎年2人ずつ計6名に、年間2万ドルを返済不要の奨学金として最大4年間支援するというものです。

中山:東日本大震災が起きた時にはどうしていましたか。

熊谷:私は、八木山という有名な動物園がある場所に住んでいました。地震発生時は体調不良で自宅で寝ていたら緊急地震速報が鳴って、地震が起こりました。私の家族や親戚には生命に関わる被害は無かったのですが、友達からは家族や家を失ったという話を多く聞きました。
私たちは避難所に行かず自宅に住んでいましたが、ライフラインは2ヶ月止まったままだったので、給水所に毎日通ったり、当時は大小全てのお店で営業時間にも購入金額にも制限があったので、毎日買い物のために1、2時間並びました。ガソリンはしばらく入手困難だったので、道路のあちこちにガス欠の自動車が放置されていました。当時は色々な情報が錯乱していたので、あるガソリンスタンドが営業するという情報が入ると、前夜から長蛇で車の列ができ、それでも給油できるのは5リットルまで、などといった日々が続きました。
この冬休みに実家に戻った時、市内は普通の生活を取り戻しつつありますが、沿岸部はまだまだそこに至るまでは時間がかかるように見えました。

齋藤:私は福島県伊達郡出身ですが、地震の日は中学校の卒業式を終えて、一人で自宅で昼食を取っているところでした。地震速報が聞こえて地震が起きてからは、みるみるうちに色々なものが壊れて、ライフラインも止まりました。家にはヒビが入った程度で震災後も住むことができましたが、祖父は農家なので、放射線の影響で何も売れなくなってしまいました。
自宅近辺が原発からの避難地域になっているので、友達の多くは今でもプレハブの仮設住宅に住んでいます。他の場所に定住することも可能ですが、そういった友達は残ることを選んでいます。

中山:生活が落ち着いてきたのはいつ頃でしたか。

熊谷:全てが復旧してきたのは2011年5月下旬頃だったと思います。病院の受診も薬の処方も優先順位があったりと、私の地域は沿岸部に比べたら被害は大したことはなかったと思うのですが、それでも2ヶ月以上は通常の生活ではなかったと思います。学校の校舎も大きな被害を受けたので、学校はゴールデンウィーク明けに再開しました。

齋藤:私は震災の影響で高校の合格発表が遅れて、高校に入学できるかわからない状況でした。入学式も遅れて、5月頃から高校生活が始まりましたが、高校2年生まで体育館で授業を受けていました。クラスごとに使える教室を割り当てられて、私は2つある体育館のうちの1つが教室でした。他にもプレハブの校舎を建てて授業をしたりしていました。避難地域から転入してくる生徒も多く、仮設住宅から通学している人も多かったです。

中山:そういった状況から、今留学していることを考えると、どうですか。

齋藤:当時は生きることで精一杯だったので、留学など考えられませんでした。中学卒業時に震災を経験してから高校でジャズに出会い、3年間留学に至るまで支援をしていただいたので、とても幸せに感じています。

熊谷:震災から4年経ちましたが、今こうしてサントリーさんやTOMODACHIイニシアチブさんのご支援で勉強できていることは本当に感謝していますし、県内外からのボランティアや自衛隊の方々が遠いところから色々と支援してくださった方々を見てきて、今の自分があるのはそういった方々のおかげだと思います。
今後もサントリーさんやTOMODACHIイニシアチブさんの活動に一緒に取り組んで、少しでも被災地の支援につながる活動をして恩返ししていけたらと、ボストンに来て強く思っています。

中山:先日バークリーで開催された東北イベントは、その第一歩といったところでしょうか。

熊谷:そうですね。日本から遠く離れた地ですが、たくさんの方が参加されて、4年経っても気にかけていただいていることに感謝しています。

中山:バークリー卒業までの目標をお聞かせください。

熊谷:風邪を引かず、自分の目標である勉強を着々とこなして、少しでも本場アメリカで学べることを吸収してから日本に帰国したいので、まずは卒業を目標にがんばっていきたいです。

齋藤:バークリー4年間だけでなく、長いスパンでニューヨークで通用する実力を身につけたいと思っているので、4年間でどうにかなるとは思っていないのですが、それに近づくために出来るだけ腕を磨きたいです。

中山:これからバークリーを受験・入学される方々に一言お願いします。

熊谷:英語は本当にしっかり勉強した方が、より早く友達もできますし、理解が早いです。音楽も大切ですが、やはり英語をがんばった方が良いと私は思います。

齋藤:自分が思っているより日本のことを知らないことがわかりました。コミュニケーションをする時に相手の国のことを知りたいと思うので、日本の歴史や文化など、もっと勉強してくれば良かったと思います。

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以上です。
お二人ともご協力ありがとうございました。

それでは、今週も良い一週間をお過ごしください。

Yoshie Nakayama

Yoshie Nakayama

Yoshie Nakayama, from Tokyo, is a Contemporary Writing and Production major senior. She studies arranging, recording/mixing with ProTools, playing trombone for concerts/recordings, and singing in vocal ensembles. She graduated Kunitachi College of Music in Tokyo with Bachelor of Music from Music Education major, Music Education minor, with a license of teaching music in japanese Junior high/senior high schools.
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